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東京地方裁判所 昭和55年(つ)3号 決定

主文

本件各請求を棄却する。

理由

第一本件請求の要旨

一  請求の趣旨

請求人は、左記各被疑事実について、渋谷周二、太田勝男、八代強、小川貴、久保田順人、上野恒彦及び大本敏夫を東京地方検察庁検察官に告訴したところ、東京地方検察庁検察官から昭和五四年一二月三一日右被疑者らをいずれも不起訴処分にした旨の通知を受けたが、同処分には不服があるから、刑事訴訟法二六二条一項により右各事件を東京地方裁判所の審判に付することを請求する。

二  被疑事実の要旨

(一)  被疑者久保田順人は警視庁赤坂警察署刑事防犯課長、同渋谷周二は同署警ら第二係長、同太田勝男は同署警ら第一係長、同八代強、同小川貴、同上野恒彦はいずれも同署警ら係として勤務する警察官であるが、

1 被疑者小川、同上野は、共謀のうえ、昭和五一年一二月一八日午後零時二〇分ころ、赤坂警察署青山一丁目派出所付近で勤務中、同派出所前路上を自転車に乗車して通行する請求人を認めるや、警察官職務執行法二条一項(何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。)の場合でないのに、右自転車をつかみ、請求人の前に立ちふさがって、請求人を自転車から下車せしめ、行く先を尋ねる等の質問を強行し、もってその職権を濫用して請求人の自転車に乗車して公道を通行する権利を妨害し、

2 被疑者小川、同上野は、共謀のうえ、更に同時刻ころ、同所において、警察官職務執行法二条二項の場合(その場で質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合。)でないのに、請求人に対し派出所に同行することを求め、請求人が同行を拒否するや、自転車ごと右派出所方向に約六メートルの間実力で請求人を同行しようとし、もってその職権を濫用して請求人の公道を通行して帰宅する権利を妨害し、

3 被疑者小川は、同時刻ころ、同所において、請求人を前記2のとおり同行しようとした際に、請求人から自転車をつかんでいる手を払いのけられるや、請求人の顔面を右手挙で殴打し、もってその職務を行うに当り暴行行為をなし、

4 被疑者小川、同上野は、共謀のうえ、同時刻ころ、同所において、請求人が前記同行に抵抗しただけで、公務の執行を妨害していないのに、請求人に手錠をかけ、もってその職権を濫用して人を逮捕し、

5 被疑者太田は、同時刻ころ、請求人を赤坂警察署に連行するため、パトカーで前記4の逮捕現場に到着するや否や、請求人の左腕をつかんでねじあげ、もってその職務を行うに当り暴行行為をなし、

6 被疑者太田、同八代、同小川は、共謀のうえ、同時刻ころ、同所で、前記4のとおり不当に逮捕された請求人をパトカーに乗車させて赤坂警察署まで連行し、もってその職権を濫用して請求人の帰宅する権利を妨害するとともに、請求人に義務なきことを行わしめ、

7 被疑者渋谷は、同時刻ころ、同署において、被疑者小川、同上野に対し、請求人を派出所に同行すること(前記2)、逮捕すること(前記4)及び同署に連行すること(前記6)をいずれも無線で指示し、もってその職権を濫用して請求人を逮捕せしめ、または、請求人に義務なきことを行わしめ、

8 被疑者渋谷、同太田、同八代は、共謀のうえ、前同日、前記6のとおり同署に連行された請求人を、同署取調室に拘束し、もってその職権を濫用して監禁し、

9 被疑者渋谷、同太田、同八代は、共謀のうえ、同日、前記取調室において、請求人に対し、手錠を掛けたまま取調べを行って答弁を強要し、もってその職権を濫用して請求人に義務なきことを行わしめ、

10 被疑者渋谷、同太田、同八代は、共謀のうえ、同日、同所において、適法に逮捕されたのではないのに、請求人に対し、その意に反して身体検査及び所持品検査を行い、もってその職権を濫用して請求人に義務なきことを行わしめ、

11 被疑者渋谷は、同日、同所において、請求人を取調中、請求人に対し、「お前はマルセイ(精神異常者の趣旨)だ。」などと言い、もって請求人に対し陵虐の行為をし、

12 被疑者太田、同八代は、共謀のうえ、同日、同所において、請求人を取調べる際、請求人に対し、こもごも請求人の腕にはめてあった手錠の綱を持ち、手錠をつかんで右手をねじ上げたり、振りまわしたり、請求人を壁際に立たせて体当りするなどの暴行を加え、よって請求人に対し加療約七日間を要する右手首挫創の傷害を負わせ、

13 被疑者渋谷は、同日、同所において、被疑者太田、同八代に対し職務上の監督権を有し、同被疑者らの前記12の暴行行為を制止できたのに、故意に同取調室外に出て右監督を怠り、もって同被疑者らの前記12の犯行を幇助し、

14 被疑者渋谷は、同日、同警察署において、被疑者小川、同上野が、逮捕した請求人を被疑者久保田に引致するに際し、その引致職務を代行し、もってその職権を濫用して請求人を監禁し、

15 被疑者久保田は、同日引致された請求人を受け取った際、公務執行妨害の嫌疑がないとの認識がありながら、検察官に送致するまでの約四八時間、赤坂警察署取調室及び渋谷警察署留置場に請求人を留置し、もってその職権を濫用して人を監禁し、

16 被疑者久保田、同渋谷は、共謀のうえ、請求人に公務執行妨害の嫌疑がないとの認識がありながら、請求人を釈放すると、前記12の犯罪について被疑者太田、同八代の罪証を残すことになるので、この罪証を隠滅する意図で、請求人に対する不実の公務執行妨害被疑事件送致書を作成し、身柄を拘束したままその事件を検察官に送致し、もって証憑を湮滅するとともに、職権を濫用して、請求人の告訴権の行使を妨害し、

(二)  被疑者大本敏夫は、東京地方検察庁検察官事務取扱副検事として、同月二〇日、赤坂警察署から請求人に対する公務執行妨害被疑事件の送致を受け、その捜査を担当した検察官であるが、

17 一件記録を読み、請求人の弁解を聴き、請求人には、右事件につき犯罪の嫌疑が薄弱で、身柄を釈放するのが相当との認識を持ちながら、同日、東京簡易裁判所裁判官に請求人の勾留請求をし、請求人を渋谷警察署に留置し続け、更に、翌二一日、同裁判官から勾留請求却下の決定がなされ、同日午後一時三〇分ころ請求人に告知されたにもかかわらず、請求人を手錠付きのまま取調べるなどし、同日午後六時ころ釈放されるまでの間、請求人を拘束し、もってその職権を濫用して請求人を監禁し、

18 請求人が赤坂警察署員を告訴した特別公務員職権濫用被疑事件に対し、影響を与える意図で、請求人に対する右公務執行妨害被疑事件につき起訴猶予処分にし、もってその職権を濫用して請求人の告訴権の行使を妨害し

たものである。

第二当裁判所の判断

一  まず、一件記録によれば、前記被疑事実6のうち被疑者小川に関する部分、同被疑事実7、9、14及び18については、検察官の不起訴処分を経ていないから、右各事実についての請求はこの点において不適法である。

更に、前記被疑事実のうち3ないし5、6のうち被疑者太田、同八代に関する部分、8、10ないし12、15及び17(このうち、被疑事実5、6のうち被疑者八代に関する部分、8のうち被疑者渋谷、同八代に関する部分及び10については検察官の不起訴処分も経ていない。)の各事実については、請求人が昭和五四年一月二三日東京地方検察庁検察官から不起訴処分に付する旨の通知を受け、本件付審判請求に先き立つ同日、右被疑事実を記載した付審判請求書を同検察庁検察官に適式に差し出し、東京地方裁判所昭和五四年(つ)第一三号付審判請求事件として別に係属したが、既に同年三月三〇日請求棄却の決定(同年九月一二日確定)ずみのものであることが認められる。したがって、本件請求のうち右各被疑事実に関する部分は、同一被疑事実につき二重の判断を裁判所に求めるものであって不適法である。

二  そこで、その余の被疑事実につき検討する。

(一)  前記被疑事実1、2について

一件記録によれば、同各被疑事実は前記東京地方裁判所昭和五四年(つ)第一三号付審判請求事件決定(以下前決定という。)の被疑事実1の(一)の事実に実質上含まれており、同一被疑事実につき二重の判断を裁判所に求めるものと言えなくはないが、そうでないとしても、一件記録によれば、被疑者小川、同上野は赤坂警察署青山一丁目派出所付近で勤務中、同派出所前の道路を真新しい自転車に乗車して通行する請求人を認め、請求人が当時髪の毛をボサボサにしてよれよれのレインコートを着ていたことから、請求人が自転車の窃盗犯人ではないかとの疑いを抱き、職務質問を開始したこと、職務質問に対し請求人は「なんの権利があっておれを止めるんだ。告訴してやる。」などと一方的にどなるばかりで、どこへ行くかとの質問に対しても、「家に帰る。」と言うだけで具体的には答えようとせず、質問すること自体が困難な状態であったこと、そして請求人の方から本署へ行って話をつけようと言い出し、被疑者小川、同上野がそれに同意するや請求人がこれを撤回し、請求人が自転車に乗って立ち去ろうとしたため、被疑者小川において自転車のハンドルをもって制止したことが認められる(なお、被疑者小川、同上野が積極的に派出所へ同行を要求したり、実力で同行しようとしたことは認められない。)。右事実によれば、被疑者小川、同上野の職務質問は、警察官職務執行法二条一項が定めている職務質問の要件を満たしており、その職権を濫用したものとはいえないし、被疑者小川が自転車のハンドルをもって制止したことは職務質問において許容される限度内の有形力の行使と認められるから、その職権を濫用したものとはいえず、なんら犯罪を構成しない。

(二)  前記被疑事実13について

一件記録によれば、請求人は前記小川と相手錠のまま赤坂警察署取調室まで連行される間に、興奮し、「なんでこんな所へ入れるんだ。」などと大声を出して暴れ、取調室に入ってからも室外に出ようとしたこと、被疑者渋谷はこの様子を見て手錠をかけたままではけがをすると考えて請求人の手錠を外したところ、請求人の右手首及び小川の左手首が赤くみみずばれのようになっていたこと、請求人が手錠を外された後も取調室を出ようとして入口付近の警察官に体当りするなどしたため、被疑者渋谷らが窓際にあるいすに座るよう説得し、前記太田や同八代らが腕や背のそでをつかんで請求人をいすに押えつけたことなどの事実が認められる。しかし、前記被疑事実12のような太田、八代の暴行行為は認められない。そして、本犯とされる太田、八代の請求人に対する暴行行為が認められない以上、これに対する幇助犯が成立し得ないことは多言を要しない。被疑者渋谷の右認定の行為は適法な職務行為と認められる。

(三)  前記被疑事実16について

一件記録によれば、前記二の(一)で認定したとおり、前記小川、同上野の請求人に対する職務質問行為はいずれも警察官として適法な公務の執行行為であって、その際右小川に対して暴行を加えた請求人の所為は明らかに公務執行妨害罪を構成するものと認められる。そうだとすると、被疑者久保田、同渋谷が請求人の右公務執行妨害被疑事件につき送致書を作成するとともに、その事件を身柄付のまま検察官に送致した行為は、正当な職務行為であり、また、公文書に虚偽記入をなしたものでも、証憑の湮滅をなしたものでもないことは明らかである。したがって、この事実についてもなんら犯罪を構成しない。

以上のとおり、前記被疑事実1、2、13及び16について「嫌疑なし」としていずれも不起訴処分にした検察官の判断は相当であって、右の各被疑事実についての本件各請求は理由がない。

三  よって刑事訴訟法二六六条一号により本件各請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 花尻尚 裁判官 三上英昭 山田公一)

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